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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)281号 判決

東京都港区南青山2丁目1番1号

原告

本田技研工業株式会社

同代表者代表取締役

川本信彦

同訴訟代理人弁理士

下田容一郎

齊藤繁

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

同指定代理人

築山敏昭

田中弘満

吉野日出夫

主文

特許庁が平成5年審判第22830号事件について

平成7年8月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年1月25日、特許庁に対し、名称を「電磁型倍力装置の減速機構」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第13237号)をしたが、平成5年10月1日、拒絶査定を受けたので、同年12月2日、審判を請求した。そこで、特許庁は、この請求を平成5年審判第22830号事件として審理した結果、平成7年8月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月1日、原告に対し送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載)

補助トルクを発生する電動機とこの電動機の補助トルクを出力軸に伝達する減速機構とを備えた電磁型倍力装置において、前記減速機構を、外周面に摩擦伝動面を有する複数のローラの組合せにより構成し、このローラの組合せを、入力側のサンローラと、このサンローラと同心状に配設されるリングローラと、これらのサンローラとリングローラとの間に介設されるプラネタリーローラと、このプラネタリーローラを枢支する出力側のキャリア部材とにより構成したことを特徴とする電磁型倍力装置の減速機構(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項に記載のとおりである。

(2)  これに対し、昭和58年特許出願公開第141963号公報(以下「引用例1」といい、同引用例記載の発明を「引用発明1」という。)には、次のような減速機構についての記載がある。

「補助トルクを発生する電動機と、この電動機の補助トルクを出力軸に伝達する減速機構とを備えた電磁型倍力装置において、前記減速機構を、外周面に噛合歯を有する歯車の組合せにより構成し、この歯車の組合せを、入力側の太陽歯車52と、この太陽歯車52と同心状に配設されるリングギヤ56と、これらの太陽歯車52とリングギヤ56との間に介設される遊星歯車54と、この遊星歯車54を枢支する出力側のキャリア部材とにより構成した電磁型倍力装置の減速機構」(別紙図面(2)参照)

(3)  そこで、本願発明と引用発明1とを対比すると、

ア 両者は、次の点において一致する。

「補助トルクを発生する電動機と、この電動機の補助トルクを出力軸に伝達する減速機構とを備えた電磁型倍力装置において、前記減速機構を、外周面に伝動部を有する複数の伝動部材の組合せにより構成し、この電動部材の組合せを、入力側の太陽部材と、この太陽部材と同心状に配設されるリング部材と、これらの太陽部材とリング部材との間に介設される遊星部材と、この遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材とにより構成した電磁型倍力装置の減速機構」

イ 他方、両者は、次の点において相違している。

減速機構について、本願発明が、「外周面に摩擦伝動面を有する複数のローラの組合せにより構成し、このローラの組合せを、入力側のサンローラと、このサンローラと同心状に配設されるリングローラと、これらのサンローラとリングローラとの間に介設されるプラネタリーローラと、このプラネタリーローラを枢支する出力側のキャリア部材とにより構成」しているのに対し、引用発明1が、「外周面に歯を有する複数の歯車の組合せにより構成し、この歯車の組合せを、入力側の太陽歯車と、この太陽歯車と同心状に配設されるリングギヤと、これらの太陽歯車とリングギヤとの間に介設される遊星歯車と、この遊星歯車を枢支する出力側のキャリア部材とにより構成」している点。

要約すれば、減速遊星機構について、本願発明が、「外周面に摩擦伝動面を有する複数のローラの組合せにより構成している」のに対し、引用発明1が、「外周面に歯を有する歯車の組合せにより構成している」点。

(4)  上記相違点について検討する。

ア 昭和53年特許出願公開第107036号公報(以下「引用例2」といい、同引用例記載の発明を「引用発明2」という。)には、次のような記載がある。

「パワーステアリングにおいては、入出力間の伝達の遊星歯車機構により行なっていたため、ギヤバクッラッシュによる入出力間の遊びが存在し、入出力間の応答遅れの問題があった。」(2頁左上欄13行ないし16行)

「この発明は、かかる問題点を解決するため、従来のパワーステアリングに用いられる遊星歯車機構をローラによるフリクションドライブ機構に変更することにより、入出力間の遊びを無くして応答性を良くし、しかも入力軸に関係なく出力軸の回転を制御しうるように構成したパワーステアリングを提供するものである。」(同頁右上欄4行ないし10行)

イ 上記のとおり、引用例2においては、遊星歯車機構をローラによるフリクションドライブ機構に変更することで、遊星歯車機構が有する欠点を解消できることが示唆されている。

そして、遊星減速機構としては、遊星歯車機構が周知であるが、それとともに、フリクションドライブ機構もまた、それと同等もしくは類似する機構として、従来より周知である(昭和47年特許出願公開第26565号公報、昭和56年特許出願公開第141452号公報参照)。

その両者の技術的近似性を参酌するならば、引用例2の示唆に基づいて、減速機構における遊星歯車減速機構が有する欠点を解消すべく、遊星歯車機構に代え、「外周面に摩擦伝動面を有する複数のローラの組合せにより構成し、このローラの組合せを、入力側のサンローラと、このサンローラと同心状に配設されるリングローラと、これらのサンローラとリングローラとの間に介設されるプラネタリーローラと、このプラネタリーローラを枢支する出力側のキャリア部材とにより構成した」機構を採用すること、すなわち、いわゆるフリクションドライブ機構を採用することには、格別の困難性もなく、容易に想到できたことに該当する。

(5)  したがって、本願発明は、当業者が、引用発明1及び2に基づいて容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。

同(2)のうち、引用例1において、引用発明1が遊星歯車54を枢支する出力側のキャリア部材を有することが記載されていることは否認し、その余は認める。

同(3)アのうち、本願発明と引用発明1が、遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材を有する点において一致することは否認し、その余は認める。

同(3)イは認める。

同(4)アは認める。

同(4)イは否認する。

同(5)は争う。

審決は、引用発明1が「遊星歯車54を枢支する出力側のキャリア部材」を有するものと誤認した結果、本願発明と引用発明1が、「遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材」について一致するものと誤って認定し、かつ、両者の相違点について判断を誤り、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  「遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材」について(一致点の認定の誤り、取消事由1)

ア 本願発明における「キャリア部材」とは、プラネタリーローラが、サンローラの回転に伴って自転しつつ公転するように、上記プラネタリーローラを枢支するとともに、プラネタリーローラの公転作動を、出力軸に伝達、出力する部材である。

イ(ア) 他方、引用発明1は、電動機の回転子28に繋がる筒条の太陽歯車(サンギヤ)52の外周に、遊星歯車(プラネタリーギヤ)54が配置され、その遊星歯車54は、大径部、小径部の2段を軸方向に備えた段付き歯車により構成されているものであり、また、遊星歯車54の大径部は、外周の回転が不能なリングギヤ56に、小径部は、ピニオンシャフト10にスプライン嵌合させたリング歯車58に、それぞれ噛み合わされ、ピニオンシャフト10は、その下端部のピニオン22をラックバー66に噛合させ、ラックバー66は、操向輪のタイロッドを動かすように構成されているものである。

(イ) 上記から明らかなように、引用発明1における遊星歯車減速機50からの出力部材は、遊星歯車54の小径部と、ピニオンシャフト10側のリング歯車58である。

すなわち、太陽歯車52の回転出力は、太陽歯車52、リングギヤ56間の遊星歯車54の大径部に伝えられるとともに、大径部の回転は、それと一体の小径部に伝えられ、小径部の回転は、ピニオンシャフト10に回転方向を固定されたリング歯車58に直接伝達され、なお、その減速比は、歯数比(差)により定まるものと考えられる。

ウ 以上のとおり、本願発明におけるキャリア部材は、プラネタリーローラの公転動を、直接、出力側に伝達するものであるのに対し、引用発明1のリング歯車58は、プラネタリーギヤの公転とは直接関係のない歯数比(差)によって動力を伝達するものであるから、引用発明1の「遊星歯車54の小径部とリング歯車58との組合せ体」が、本願発明のキャリア部材とは異なるものであることは明らかである。

エ したがって、引用発明1は、本願発明におけるキャリア部材に相当する部材を有するものではなく、審決が、本願発明と引用発明1とが「遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材」を有する点において一致するとしたことは、誤りである。

(2)  相違点の判断の誤りについて(取消事由2)

ア 本願発明は、電動式パワーステアリング装置において、発動機の回転トルク(補助トルク)を倍力して出力軸に伝達する電磁型倍力装置の減速機構に関するものである。

そして、その技術的課題は、減速機構を歯車で構成した場合、歯車の加工誤差やバックラッシュ等により、歯車噛合部において振動、騒音が発生し、ハンドルの操舵フィーリングの向上を妨げ、バックラッシュによるロストモーション(正転位置と逆転位置との間の位置のずれ)を生じさせ、それにより、操舵切換え時に電動機の回転トルクが滑らかに作用しない場合も生じることから、これらを解消することにあり、その目的の下に、相違点に係る遊星ローラ機構の構成を採用したものである。

イ これに対し、引用発明1も、電磁型倍力装置の減速機構に関するものであるが、同発明は、遊星歯車機構により、電動機の出力を出力軸に減速、伝達することのみに終始し、本願発明の技術的課題、問題点については、一切意識されていない技術である。

ウ(ア) 一方、引用発明2は、油圧パワーステアリングの油圧切換え制御に関する技術であり、そのため、同発明の遊星ローラ機構は、入力軸3からの入力を操向輪に出力(伝達)するものではない。

すなわち、引用発明2は、操向輪に繋がるセクタギヤ4を回動させるためのピストン5の前後の作動室A、Bに対する油圧供給を切り換え、制御するにあたって、その油圧切換え、制御手段を、遊星歯車機構に代え、遊星ローラ機構で構成し、その遊星ローラ機構を介して、スプール16の切換えを行う技術であり、なお、具体的には以下のとおりである。

ハンドルに繋がるインプットシャフト(入力軸)3からの入力は、サンローラ11aを介して入力側のプラネットローラ12aに伝えられるが、プラネットローラ12aと保持筒10で繋がる出力側プラネットローラ12bは、固定のアウタリング14bに外接しているので、プラネットローラ12aは、自転し、回転自在なアウタリング14aを回転させる。この結果、スプール16は、別紙図面(3)第1図の紙面表裏方向に移動し、スプール16を切換え、作動室A、Bの一方に油圧を供給する。この結果、ピストン5は、上記第1図の左右方向に移動し、ボールネジ機構のスクリューシャフト6を回転させる。

(イ) したがって、引用発明2における油圧式パワーステアリングは、油圧をピストンの前後の室に供給し、ピストンをシリンダの軸方向に動かす直線方向の力を、直接的に発生させる機構であり、同発明において、油圧による操舵トルクの出力機構に遊星歯車機構を採用することは、技術的にできることではない。

そして、引用発明2において、上記のとおり、油圧切換え機構として、遊星歯車機構に代え遊星ローラ機構を用いた理由は、遊星歯車機構を用いた場合における歯車のバックラッシュに起因する応答遅れを改善するためである。

(ウ) 以上によれば、引用発明2は、技術的課題、技術分野が本願発明とまったく異なる油圧制御手段としての技術であるから、本願発明の進歩性を判断するにあたって、引用発明2を引用することは、本願発明の技術的基礎を誤認したものというべきである。

エ 更に、審決は、フリクションドライブ機構が従来周知であるとした上で、周知例として、昭和47年特許出頭公開第26565号公報、昭和56年特許出願公開第141452号公報を挙げる。

しかしながら、昭和47年特許出願公開第26565号公報は、減速機としての摩擦ローラ機構を示すものであり、ガスタービンエンジン用の減速機に摩擦ローラ機構が適用される例を示すに止まる。他方、本願発明は、「電磁型倍力装置の減速機構」に関するものであり、電磁型倍力装置の減速装置を特殊な摩擦遊星ローラで構成し、しかも、パワーアシストの入出力系統についてのものであるから、上記公報記載の発明とは、適用分野、構成等において異なるものである。

また、昭和56年特許出願公開第141452号公報も、「遊星式摩擦伝動装置」についてのものであるが、一般的な遊星ローラ機構を示すに止まり、本願発明のような「電磁型倍力装置の減速機構」に関するものでもなく、パワーアシストの入出力系統についてのものでもない。

したがって、周知技術を考慮することにより、本願発明の相違点に係る構成が容易に想到できたとすることはできない。

オ 以上からみるならば、本願発明の相違点に係る構成は、引用発明1において、引用発明2の示唆に基づき、遊星歯車機構に代えフリクションドライブ機構を採用することが容易に想到されたものと認めることができないことは明らかであるから、本願発明の進歩性を否定した審決は誤りである。

(3)  本願発明の顕著な作用効果について(取消事由3)

ア 本願発明は、引用発明1との相違点のとおり、電動機の回転トルクを出力軸に伝達する減速機構を、摩擦伝動面を有するローラの組合せによる構成としたことにより、

(ア) 従来の減速機構における歯車に起因する騒音や振動の発生をなくすことができる、

(イ) 歯車のバックラッシュによるロストモーションが生じない、

(ウ) その結果、ステアリングホイールにおける操舵フィーリングを向上させることができる、

(エ) 万一、電動機が回転不能となった場合においても、許容最大トルク以上ではローラ面が滑ることにより、ステアリング操作(操舵操作)を確保することができる

という作用効果を奏する。

イ 本願発明のこのような作用効果は、遊星歯車機構を有する引用発明1及び油圧式パワーステアリング装置である引用発明2からは期待することはできないし、また、引用発明1及び2から予測されることではない。

ウ したがって、本願発明は、引用発明1及び2から予測されない顕著な作用効果を奏するものであるから、その点においても進歩性を有するものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  取消事由1について

ア 引用例1において、遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材の記載がなく、引用発明1が、上記キャリア部材を有していないことは認める。

なお、引用発明1におけるリング歯車58は、ピニオンシャフト10への回転力を伝達するという機能を果たしており、その機能からみて、リング歯車58は「出力側キャリア部材」に相当するものである。

イ 本願発明が、減速機構を、「外周面に摩擦伝動面を有する複数のローラの組合せにより構成し、このローラの組合せを、入力側のサンローラと、このサンローラと同心状に配設されるリングローラと、これらのサンローラとリングローラとの間に介設されるプラネタリーローラと、このブラネタリーローラを枢支する出力側のキャリア部材とにより構成」した点は、周知の遊星ローラ減速機構が一般に有している構成である。

本願発明は、引用発明1の電磁型倍力装置について、遊星歯車減速機構による出力機構に代え、周知の機構としての遊星ローラ減速機構を採用したものである。

そして、審決は、電磁型倍力装置の一態様であるパワーステアリングの技術分野において、遊星歯車減速機構の問題点であるバックラッシュを、遊星ローラ減速機構を採用することにより解消できることが引用例2に示されていることを考慮して、判断したものである。

ウ したがって、審決における引用例1の記載事項の摘示には正確でない点があるものの、審決の相違点についての判断には誤りは生じておらず、また、そのことは、審決の結論に影響を及ぼしていないところであるから、原告の取消事由1についての主張は理由がない。

(2)  取消事由2について

ア 遊星式減速機構においては、遊星歯車を採用した減速機構も、遊星ローラを採用した減速機構も、ともに周知の技術手段である。

また、遊星歯車減速機構においては、伝動時の滑りはないが、騒音や振動を発生させやすく、一方、遊星ローラ減速機構においては、伝動時の滑りを発生させやすく、遊星ローラに予圧を必要とする等、それぞれが、機構の違いによる得失を有していることも周知である。

更に、遊星式減速機構を遊星歯車により構成した場合には、歯車噛合による騒音や振動の発生という不都合があり、遊星歯車に代え、遊星ローラ(フリクションローラ)を採用するならば、その不都合を軽減できるということも、審決摘示の周知例のとおり、従来から周知の事項である。

そして、それぞれの減速機構は、その得失を勘案した上、適宜選択され、採用されているところである。

したがって、一方の減速機構を用いたものを、他方の減速機構を用いたものに変更することについては、格別の発明力を要するようなものではない。

イ また、本願発明におけるギヤバックラッシュの課題の示唆については、審決において、引用例2を引用して検討しているところである。

引用例2においては、油圧切換えスイッチに適用した減速機構が記載されているが、引用発明2が有するギヤバックラッシュの課題は、油圧切換えスイッチのみが有する特有の課題ではなく、遊星式減速機構が広く有する共通の課題である。

ウ したがって、本願発明の相違点に係る構成が、遊星式減速機構として周知の遊星ローラ減速機構による構成であることは明らかであり、また、遊星歯車減速機構におけるギヤバックラッシュについての課題と解決策に関しては、引用例2に開示されているところであるから、本願発明の構成については、当業者が、引用発明1及び2から容易に想到することができたものというべきであり、この点に関する審決の判断にも誤りはない。

エ なお、審決記載の周知例である昭和47年特許出願公開第26565号公報、また、乙第1号証(昭和59年実用新案出願公開第115155号公報)、第2号証(昭和59年実用新案出願公開第1955号公報)、第3号証(昭和56年実用新案出願公開第84148号公報)においては、本願発明における遊星ローラ減速機構と同様の構成、すなわち、「外周面に摩擦伝動面を有する複数のローラの組合せにより構成し、このローラの組合せを、入力側のサンローラと、このサンローラと同心状に配設されるリングローラと、これらのサンローラとリングローラとの間に介設されるプラネタリーローラと、このプラネタリーローラを枢支する出力側のキャリア部材とにより構成した」遊星ローラ減速機構が記載されている。

そのことからみても、本願発明における遊星ローラ減速機構が周知の構成であることは明らかである。

(3)  取消事由3について

本願発明が顕著な作用効果を奏することは争う。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、引用発明1が「遊星歯車54を枢支する出力側のキャリア部材」を有するとの点を除き、引用例1において、審決認定のとおり記載されていること、本願発明と引用発明1とが、「遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材」を有するとの点を除き、審決認定のとおり一致すること、本願発明と引用発明1との間において、審決認定のとおりの相違点が存在すること、引用例2において、審決に引用されたとおりの記載があることについても当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要について

成立に争いのない甲第6号証(本願発明についての特許願書及び願書添付の明細書(以下「当初明細書」という。)、図面)及び甲第7号証(手続補正書)によれば、本願発明の概要は以下のとおりであることが認められる。

1  本願発明は、電動機の回転トルクをトルク倍力して出力軸に伝達する電磁型倍力装置の減速機構に関するものである(当初明細書2頁3行ないし5行)。

2  自動車のステアリング装置としては、従来から、電動機を駆動源とする電動式パワーステアリング装置が存在する。この電動式パワーステアリング装置は、ステアリングホイールからの操舵力に応じて電動機を作動させ、補助トルクを発生させて、電動機の回転トルクを、複数の歯車の組合せにより構成された減速機構を介して減速した上、トルク倍力して出力軸に伝達し、これによってステアリングホイールの操作力の軽減を図るというものである(同2頁7行ないし15行)。

3  ところが、上記のような電磁型倍力装置においては、減速機構が複数の歯車によって構成されているため、減速機構の歯車の加工誤差やバックラッシュ等により、歯車の噛合い部で振動や騒音を発生させるおそれがあった。特に、減速機構において生ずる振動は、入力軸を介してステアリングホイールに伝達され、操舵フィーリングの向上を妨げるものであり、更に、歯車のバックラッシュによりロストモーションが発生し、操舵切換し時において、電動機の回転トルクが滑らかに作用しない場合があることも、操舵フィーリングの向上を妨げる原因となっていた(同2頁17行ないし3頁8行)。

4  本願発明は、上記の課題を解決するために、要旨記載の構成を採用したものである(手続補正書2頁5行ないし16行)。

5  本願発明の実施例について、上記の減速機構を中心に説明するならば、次のとおりである。

(1)  減速機構50は、別紙図面(1)第2図に示すように、出力軸7の周囲に配設された2段の遊星機構51、52からなる。

前段の遊星機構51は、同図面第3図に示すように、ケース3の内周面を摩擦伝動面とする共用のリングローラ53と、出力軸7に対し回動可能に環装された筒軸38の端部外周を摩擦伝動面とするサンローラ38aと、これらに介設され、外周を摩擦伝動面とする3個のプラネタリーローラ54と、これらのプラネタリーローラ54を枢支する第1キャリア部材55とからなる(当初明細書8頁5行及び6行、同頁18行ないし9頁7行)。

後段の遊星機構52は、上記の共用のリングローラ53と、出力軸7の周囲に環装され、前記第1キャリア部材55に一体的に連結された筒体56の外周を摩擦伝動面とするサンローラ56aと、これらに介設され、外周を摩擦伝動面とする3個のプラネタリーローラ57と、これらのプラネタリーローラ57を枢支する第2キャリア部材58とからなる。

この第2キャリア部材58の内縁側には、軸受59を介して出力軸7に支承される筒体60が一体的に連結される一方、その外縁部には、ケース3の内周に沿う筒体61が一体的に連結され、この筒体61の内周面には、周方向に内歯61aが形成されている(同9頁7行ないし20行)。

(2)  入力軸4に操舵トルクが加わると、入力軸4からトーションバー8を介して、トルクが、出力軸7に伝達されるとともに、操舵トルクセンサ24により、操舵トルクの方向とトルク量が検出され、制御回路によって信号処理される。それに伴い、ブラシ46を介して、多重巻線41に電源が供給され、電動機33が、操舵トルクと同方向に回転作動する。

電動機33の回転子37の回転トルクは、減速機構50によって減速され、第1キャリア部材55、第2キャリア部材58を介して出力軸7に伝達され、電磁クラッチ63を通じて出力される(同12頁8行ないし19行)。

6  本願発明においては、上記の構成により、電動機の補助トルクが、ローラの摩擦伝動によって出力軸に減速伝達されるので、歯車減速機構において避けることのできない、加工誤差やバックラッシュ等に起因する高速噛合い伝動による騒音や振動の発生が抑えられ、また、歯車のバックラッシュによるロストモーションが回避され、かつ、入力軸に伝達される振動が抑えられる結果、ステアリングホイールにおける操舵フィーリングを向上させるという作用効果を奏する(当初明細書13頁18行ないし14頁7行、手続補正書2頁17行ないし3頁6行)。

第3  審決取消事由について

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  本願発明におけるキャリア部材とは、前記第2、4、5から明らかなとおり、回転する入力側のサンローラ、固定されたリングローラ間に置かれたプラネタリーローラが、サンローラの回転により、自転しつつサンローラの周りを公転するように、上記プラネタリーローラを枢支し、同ローラの公転による力を出力軸に伝達するものである。

(2)  他方、成立に争いのない甲第2号証(引用例1)によると、引用例1においては、引用発明1(「電動式パワーステアリング装置」)の遊星歯車減速機構について、次のとおり記載されていることが認められる。

ア 「ギヤボックス16の上部には回転子28の回転力をピニオンシャフトに伝達する伝達機構である遊星歯車減速機50が収納されている。この遊星歯車減速機50の太陽歯車52は、ピニオンシャフト10と同軸的に設けられており、上端がハウジング14の底部44を貫通して回転子28の下端部に嵌入し、回転子28と一体的に回転するようになっている。そして太陽歯車52の下端外周面には遊星歯車54と噛み合う歯が形成されている。この遊星歯車54は上端部と下端部とにそれぞれ歯が形成され、上端部は下端部より径が大きくなっていて、太陽歯車に噛み合うと共に、ギヤボックス上端部の内周面に沿って取付けてあるリングギヤ56に噛み合っている。従って、遊星歯車54は太陽歯車52の回転に伴い太陽歯車52とリングギヤ56とに噛み合いつつ太陽歯車の周囲を回転する。

また、遊星歯車54の径が小さい歯車、即ち、遊星歯車54の下端部の歯車は、太陽歯車52を介して伝達された回転子28の回転力をピニオンシャフト10に伝達するリング歯車58と噛合している。このリング歯車58は(略)ピニオンシャフト10と一体的に回転できるようになっている。さらに、リング歯車58は、(略)歯部64が遊星歯車54の外方に位置し、歯部64の内周面に形成された歯が遊星歯車54の下端部の歯と噛合している。」(2頁左下欄11行ないし右下欄20行)

イ 「運転者が図示しないステアリングホイールを回転させるとその回転力(トルク)は、(略)ピニオンシャフト10に伝達される。そして、そのトルクは、従来の一般的な方法と同様に図示しないトルク検出器により検出され、その検出信号が同じく図示しない制御部に送られる。図示しない制御部は、トルク検出信号を受けると、電動機の出力トルクがステアリングホイールの操作トルクに比例して回転子28が回転するように、電動機駆動電気信号をブラシ42を介して整流子38に与える。そして、回転子28は、整流子38からの電動機駆動電気信号(電流)を受けると、運転者がステアリングホイールから予め設定された適度な反力を受けるように、遊星歯車減速機50の減速比で定められる回転数をもってピニオンシャフト10の周囲をピニオンシャフトの回転に伴って回転する。この回転子28の回転に伴うトルクは、回転子28と一体的に回転する太陽歯車52をピニオンシャフト10の周囲に回転させ、それに伴い遊星歯車54が太陽歯車52の周囲を自転しつつ公転する。さらに、遊星歯車54の回転運動は、遊星歯車54の下端部に於いて噛合しているリング歯車58に伝達される。そして、図示しない制御部の指示により回転子28に於いて発生した所定のトルクは、太陽歯車52、遊星歯車54を介してリング歯車58に伝達され、この間に遊星歯車減速機の減速比分だけ倍増されてピニオンシャフト10に伝達される。」(3頁右上欄4行ないし左下欄12行)

以上によれば、引用発明1における遊星歯車からの出力伝達部材は、「遊星歯車54に噛合する出力側のリング歯車58」であることが明らかである。

(3)  以上のような、本願発明における遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材と、引用発明1における出力伝達部材との関係についてみるならば、引用例1において、本願発明の上記キャリア部材について記載がなく、引用発明1が、上記キャリア部材を有していないことについては、当事者間に争いがない。

なお、被告は、同時に、引用発明1におけるリング歯車58が、その機能からみて本願発明における出力側のキャリア部材に相当するとも主張するが、被告の主張全体からみるならば、上記は、単に、引用発明1のリング歯車の果たす機能(出力伝達機能)が、本願発明のキャリア部材の機能に相当する旨を述べたに過ぎず、両者が発明の構成要件としても一致する旨を述べたものでないことは明らかである。

また、前記(1)、(2)及び第2、4ないし6によるならば、本願発明と引用発明1との上記構成の違いにより、本願発明が、遊星減速機構における出力伝達部材について、歯車を用いた引用発明1に比べ、前記第2、6のとおりの作用効果を奏するものであることも明らかである。

(4)  そうすると、審決が、引用例1においても、「遊星歯車54を枢支する出力側のキャリア部材」の記載があると認定し、それに基づいて、本願発明と引用発明1とが「遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材」を有する点において一致すると認定したことは、誤りであるといわざるを得ない。

したがって、審決には、本願発明と引用発明1との間における構成の一致点について、その認定を誤った違法があるというべきであり、また、その誤りは、審決の結論に影響を及ぼすべき蓋然性があるものと認められるところである。

(5)  これに対し、被告は、「遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材」は、周知の遊星ローラ減速機構が一般に有するものとされている構成であるから、審決の相違点についての判断に誤りはなく、そのことは、審決の結論に影響を及ぼすものではないと主張する。

しかしながら、被告の上記主張は、要するに、「遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材」が遊星ローラ減速機構において周知の構成であることを主張するものと解されるが、成立に争いのない甲第1号証(審決書)からみるならば、上記のとおり、審決は、「遊星部材を枢支する出力側のキャリア部材」を有する点において本願発明と引用発明1とは一致すると誤って認定したものであって、この点を相違点と認定した上でかかる構成が遊星ローラ減速機構において、周知の構成であるか否かについては、何ら審珪、判断していないのであるから、審決の審理、判断しなかった事項を主張することになり、審決の違法性を訴訟物とする本訴において、被告が上記のとおり主張することは、そもそも許されないものというべきである。

したがって、被告の上記主張も失当というべきである。

2  以上によれば、原告のその余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

第4  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面(1)

〈省略〉

〈省略〉

図面の簡単な説明

第1図ないし第3図は本発明の一実施例に係り、第1図は電磁型倍力装置の縦断面図、第2図は減速機構を示す要部拡大断面図、第3図は第2図中のⅢ-Ⅲ矢視断面図である。

図面中、

7……出力軸

33……電動機

38a、56a……サンローラ

50……減速機構

53……リングローラ

54、57……プラネタリーローラ

55、58……キャリヤ部材

である。

別紙図面(2)

〈省略〉

図面の簡単な説明

図面は本発明に係る電動式パワーステアリング装置のステアリング歯車部の断面図である。

10…ピニオンシヤフト

22…ピニオン 28…回転子

34…鉄心 36…磁極

38…整流子 42…ブラシ

50…遊星歯車減速機 52…太陽歯車

54…遊星歯車 58…リング歯車

66…ラツクバー

別紙図面(3)

〈省略〉

〈省略〉

図面の簡単な説明

第1図はこの発明の縦断正面図、第2図は第1図のⅡ-Ⅱ線に沿う縦断側面図、第3図は第1図のⅢ-Ⅲ線に沿う縦断面図、第4図は補正入力伝達機構の他の実施例を示す縦断側面図、第5図は補正入力の伝達を示すブロツク図である。

1…シリンダハウジング、2…差動機構ハクジング、3…インブツトシヤフト(入力軸)、4…セクターギヤ、5…ピストン、6…スクリューシヤフト、8…遊星ローラ機構、9…遊星ローラ機構、10…保持筒、11a、11b…サンローラ、12a、12b…プラネツトローラ、14a、14b…アウターリング、15…ロツド、16…スプール、17…制御パルプ、19…補正入力伝達機構、20A、20B…リングギヤ。

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